サイエンスインタビュー
第2回「脳の部品」を探る
芳賀 達也 教授
H23年3月退官
広々とした実験室の大きな窓の外には緑の木々が広がり、まるで森の中にいるようだ。山手線の駅から歩いて5分たらずの都心とは思えない。生命分子科学研究所は、学習院大学キャンパス南東の緑の多い落ち着いた一角にある。
研究所の二代目の所長をつとめる芳賀達也(はが・たつや)教授は、学習院大学理学部の生命科学への進出の中心となっている一人だ。
何かとお忙しい芳賀教授に、ご自身の研究と、理学部の将来についてのお話を伺った。
研究所の二代目の所長をつとめる芳賀達也(はが・たつや)教授は、学習院大学理学部の生命科学への進出の中心となっている一人だ。
何かとお忙しい芳賀教授に、ご自身の研究と、理学部の将来についてのお話を伺った。
「脳の部品」の研究は、未来の医療を変えるか?
- Q.
- 緑がいっぱいのすばらしい場所ですね。大学の中とは思えませんよね。
- A.
- あ、そうですか? あんまり、ゆっくりと窓の外なんか見たことがなかったな…
- Q.
- そ、それだけお忙しいということでしょうか。じゃ、さっそく研究の話に入りましょう。
先生の研究テーマを簡単に説明するとどういうことになるのでしょう? - A.
- 一言でいうと、「脳の部品」の研究です。
- Q.
- それは、すごい。私の脳も部品交換してもらってグレードアップしてもらえればうれしいですね。
- A.
- そうおっしゃる人は多いのですが、いつも「部品の交換はまだまだ先ですが、近いうちに油くらいはさせるくらいになると思います。」と答えることにしています。
- Q.
- なるほど。私の部品がダメになる前にそうなるといいですね。それで、その「部品」というのは、具体的にはどういうものなんですか?
- A.
- 専門的になってしまいますが、神経伝達物質アセチルコリンの受容体というものを研究室の皆さんと一緒に研究しています。これは、私たち生き物が、光・におい・味など様々な刺激を感じる「しかけ」の基本中の基本なのです。
もう少し詳しくいうと、このGタンパク質共役受容体というタンパク質が、細胞を取り囲む膜に埋まっています。そして、細胞の外からアセチルコリンという化学物質がやってくると、受容体の細胞外に出ている部分に結合するのです。その結果、受容体全体の構造が変わり、それによって細胞の内側に「アセチルコリンが来たぞ」ということを伝えるのです。このような受容体の機能が阻害されてしまうと、細胞は刺激に反応できなくなります。
具体的には、目的の遺伝子を切断したり加工したりなどの遺伝子操作技術を使ったり、昆虫細胞や培養細胞を用いて先ほど紹介しました受容体タンパク質を作らせたり、放射性同位元素を用いてその受容体の働きを調べるなど、さまざまな技術を使って、研究を進めています。
いつでも腰が低く「気のいいおじさん」という雰囲気(失礼!)の芳賀教授だが、実は、G タンパク質共役受容体研究の第一人者として世界的に知られている。芳賀教授らが1986年に「ネイチャー」誌に発表した「ムスカリン性アセチルコリン受容体遺伝子のクローニング」についての論文は、この分野の基礎文献で、すでに1000近い論文で引用されているという。
- Q.
- よくある質問でしょうが、そうやって「脳の部品」を調べていくと、どういう応用があるのでしょう?
- A.
- 私たちがやっているのは基礎研究ですから、すぐに大きな応用には結びつきません。しかし、将来的には、アルツハイマー病の治療など21世紀の医療へとつながる可能性をもっていると信じています。
芳賀教授のグループでは、助教、研究員、大学院生、卒業研究の学生など総勢20人弱が最先端の研究に携わっている。
卒業生は、博士課程でさらに研究を進めたり、企業や官公庁の研究所で基礎研究に携わるなど、研究室で学んだことを生かした進路のほか、公務員やコンピューター関係の企業、銀行などに就職したケースもあり、さまざまな分野で活躍している。
下の写真は、2007年度の研究室のメンバーである。
卒業生は、博士課程でさらに研究を進めたり、企業や官公庁の研究所で基礎研究に携わるなど、研究室で学んだことを生かした進路のほか、公務員やコンピューター関係の企業、銀行などに就職したケースもあり、さまざまな分野で活躍している。
下の写真は、2007年度の研究室のメンバーである。
- Q.
- 学生さんをはじめとした若い人たちには何を期待しますか?
- A.
- 生物である私たちが、生命の本質についての疑問を抱くというのは、とても不思議で面白いことだと思います。「生命とは何か?」という根本的な謎への憧れを忘れないでほしいですね。そして、その答えに半歩でも近づくことを夢見て、最先端の研究にとびこんできてほしいと思います。
- Q.
- さて、学習院大学理学部では、いよいよ生命科学専攻や生命科学科の新設の計画が動き出しましたね。
- A.
- そうなんです。それで申請の手続きなどが忙しくて、忙しくて。でも、そういう話をここでしちゃだめだったか(笑い)。
理学部では1991年に有名な三浦謹一郎先生を迎えて生命分子科学研究所を作ったわけですが、その後、物理学科や化学科でも若くて優秀な人たちが生命科学よりの研究を手がけるようになりました。そういった流れが評価してもらえて、今回、本格的に専攻と学科をつくることになったのだと思います。
そして、新しい専攻・学科の中心となる教授を全国的に公募したのですが、文句なく超一流の人たちが来てくださることになり、本当に喜んでいます。4月に着任された馬渕一誠教授は細胞分裂の研究の第一人者ですし、10月に着任される花岡文雄教授はDNA修復機構研究の第一人者です。あと、2008年4月にも神経発生分野の第一人者である岡本治正教授の着任が決まっています。 - Q.
- かなり幅広い分野の人が集まることになるのですね。
- A.
- そうですね。分子についての科学を基本に据えるという点では皆さん共通していますが、研究の方向性はそれぞれ違います。三人の新教授のご出身の学部も、理学部、薬学部、医学部と三者三様なのです。 私が言うのもなんですが、規模は小さいながら、多彩で、なによりも研究のレベルの非常に高い生命科学科(専攻)ができあがると思います。 本気で生命を研究したい若い人には是非ともとびこんできてほしいですね。
芳賀教授の略歴
略歴 | |
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1963年 | 東京大学理学部卒業(生物化学科) |
1970年 | 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(生物化学専攻) |
1969~1971年 | 東京大学理学部助手(生物化学科) |
1972~1974年 | 東京大学医学部助手(脳研究施設脳生化学部門) |
1974~1988年 | 浜松医科大学医学部助教授(生化学第一講座) |
1988~1997年 | 東京大学医学部教授(脳研究施設脳生化学部門) |
1997~2001年 | 東京大学大学院医学系研究科教授(神経生化学部門) |
2001年〜 | 学習院大学理学部教授(化学科、生命分子科学研究所) |
2011年〜 | 学習院大学理学部教授(化学科、生命分子科学研究所)退官 |